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投稿者: koutyou 投稿日時: 2009-01-04 16:59:35 (12 ヒット)

赤ちゃんの誕生は、お母さんやお父さんはもちろんのこと、その誕生に関わったすべての人に新たな力や勇気を与えてくれます。その愛くるしい寝顔は母親に「生まれてきてくれてありがとう」と感謝の気持ちを抱かせ、その泣き顔は父親に「全力で君と母さんを守るからね」という責任感を抱かせてくれます。
二十数年前、私が生まれたばかりの長男を抱いて祖母の見舞いに出かけた時、見知らぬお年寄りが歩み寄り、赤ん坊の寝顔を見ると手を合わせて「ありがとう、ありがとう。寿命が延びるような気がするわ。」と言われた光景が、何年経っても、たびたびよみがえってきます。そのとき子どもは家族だけでなく、地域や国、人類の宝物なんだという漠然とした実感が湧き、しっかり育てなくてはという気持ちになりました。
近年は、少子高齢化社会といわれて久しいのですが、子どもの出生数が少ないことが問題というよりも、結婚をして出産と子育てを体験する男女の数が減っていることの方が残念だと、私は思っています。今の社会を見ている若者にとって、子育ては経済的にも費用がかかり、必ずしも親の思い通りにならないもどかしさや、自分自身の人生が自由にならない負担感が、子育てを躊躇させる要因になっているようです。しかし、子育ては、その不安を克服する時間や費用、労力を使ってもなお余りある喜びを実感できます。親になってこそ体験できる子どもの成長の楽しみ、成人したときの喜びと感慨、親になって実感できる自分の親への理解、そして自立していく子どもの幸せを願う成熟した人間としての自分自身の成長を確信することができ、子育ては人生の偉業と言っても良いでしょう。
高校生のみなさん、「親にはいつなるのでしょう」と言ったら、「子どもが生まれたら」といわれそうですが、実は今のあなたたちが赤ちゃんを見て、抱っこして「ちっちゃい!」「かわいい!」と思う気持ちから、親となる自覚は始まっているのです。自分の命をつなぎ、人とのかかわりを拡げてくれる将来の自分の子どもとの運命の出会いを楽しみに、今の自分を大切にして、家族や友達など周囲の人々と助け合いながら生活を創っていってください。そうすれば「親になり」、生涯「親であり続ける」ことのすばらしさをぜひまた次の世代に伝えたいと心から思うことでしょう。

明日から、仕事が始まると、またきっと暴走気味の私です。
伝えたい想いを、いくつか勝手に書き込みました。
共感して頂けることがちょっとでもあると嬉しいです。


投稿者: koutyou 投稿日時: 2009-01-04 16:50:59 (14 ヒット)

「親を学び伝えるプログラム」で子育ての輪、話、環、和、把
 10月の日曜参観にご出席いただいた際に、保護者の皆様には学級懇談会において、富山県教育委員会作成の「親を学び伝える学習プログラム」を体験していただきました。
 ご参加いただいた皆様からは、一部を生活指導だより「スクラム」でもご報告させていただきましたように「様々な方々の意見を聴きあうことによって子育ての視野が拡大した」との嬉しい感想をいただきました。なかには富山県がこのような取り組みをしている背景も知りたいとのご意見も頂きましたので、本プログラム作成に関わった者として、その趣旨をお知らせしたいと思いました。
 近年は地域社会、自然や生活環境の変化が著しく、子どもの育ちに及ぼす影響は大きいと思われます。子どもの外遊びが減少し、夜間に活動する子ども達の姿を多く見かけるようになりました。家庭生活も便利になり、快適な子ども部屋に籠る子ども達は思春期到来とともに家族とのコミュニケーションが減って、親子関係にも不安が生じやくなることも考えられます。さらに家族の小規模化や生活の多忙化の中で、家庭生活や子育てが支え合いにくい家庭環境も生じています。このような環境においても、情報に惑わされず、孤独にならず、子育ての悩みや課題を共に語り合いながら、元気が出る子育てのヒントを得て、親子が一緒に成長し、やがて今の子ども達も自分の子育てに楽しみや希望を持ってほしいという、繋がっていく子育てへの壮大な願いから、この「親を学び伝える学習プログラム」の作成に取り組んだのがスタートです。
昔を振り返ると、親に言われて不満に思ったり、後から感謝したことなど、色々な場面が思い出されます。親になってみると、自分の親と同じ言動をしていたり「子をもって知る親の想い」を実感することもよくあることです。このように子育ては自然に受け継がれる文化だったのですが、近年はこの世代間での子育ての継承や支援の機会も少なくなりがちです。本来は、親世代から子育てを学び、同世代で子育てを支えあい、ゆとりや自信をもって子どもと向き合える環境創りが望まれますが、小規模化している家庭ではなかなか困難なようです。そこで親となり子どもと関わることが自分や家族の生活をいかに豊かにし、人を成長させるものであるかを実感したり、実際の子育ての喜びや悩みを共有し、支えあうことで、心強い子育てができ、社会秩序も維持できるようになればと、2年間をかけて1500人以上の検証をしながら、20のエピソードに考えていただきやすいワークシートなども盛り込んでプログラムを完成しました。内容はこれから親になる若者、乳幼児をもつ親、小学生をもつ親、中・高校生をもつ親をおもな対象に考えましたが、どのプログラムをどの世代の方が使っていただいても、親の役割や家庭教育、子育ての課題解決にむけて考えていただく上で、想像力や創造力を鍛えながら真摯に、時に楽しく取り組んでいただけるものになったと思います。
これまでに実施した中学生が「エピソードのシナリオを考えたら、いつも自分が親に言われているセリフしか浮かんでこなかった」「親の愛情も大切だけど、子どもの自分からも親にありがとうを言おうと思った」とか、保護者の方から「子どもが授かった時の喜びを思い出した」「イライラした子育ては子どもに申し訳ないと思った」「子育ては大変だけど一緒に成長できて楽しいよと伝えたい」という意見をいただきました。まさにこの学習プログラムの願いが伝わったという感謝の気持ちでいっぱいです。


投稿者: koutyou 投稿日時: 2009-01-04 16:46:49 (14 ヒット)

成長に目を見張り、耳を澄まし、心洗われる音楽会
子供達の成長には折にふれて驚かされますが、創校記念音楽会は、それを実感できる最大の行事だと思います。入学直後からは想像のつかない素晴らしいクラスのまとまりと最高にかわいいパフォーマンスを見せてくれた1年生。格段にお兄さんお姉さんになった自信が歌声や態度に感じられる2年生。附属小学校の児童としての誇らしさや伝統を受け継ぐ心意気が選曲や歌声に表れる3,4年生。そして下学年の目標となり憧れの対象となるに値する5,6年生の歌声や態度には、教師や保護者等の大人の襟をも正させる迫力や緊張感と完成度の高さが実感できます。今回の31回創校記念音楽会でも、附属小学校で育つ6年間の育ちを学年毎に目の当たりにできました。そしてひとり一人違う個性が調和を図り、共通の目標に向かって力を合わせることのすばらしさを再確認させてくれ、会場に参集した人々の心を清らかにし、それぞれの立場で関われたことの「誇らしさ」という光るものを心の中に残してくれました。子供達の思い出ポケットにもしっかり入ったことと思います。


投稿者: koutyou 投稿日時: 2009-01-04 16:40:55 (20 ヒット)

昨年も皆さまの深いご理解と、多大なるご協力の下に、子供達や教職員と附属小学校で素晴らしい日々を過ごせましたことを心より感謝申し上げます。
今年も、教職員共々精一杯心を込めて、頭と体を最大限に動かして、子供達のために頑張る所存でございます。至らない点、気づかない点等も多々あろうかと存じますが、子供達の学び合い、支え合い、育ち合いを目指して、大人達が協力し信頼関係を築く姿や、そのたくましさ、力強さを実感してもらえたらと願っております。
そして、子供達にも他者を思いやり、協力することが大きな力や成長につながる実感をもってほしいと願っています。
 話しは変わりますが、毎年、お正月の箱根駅伝を楽しみにしています。どんなアクシデントがあっても、ゴールを目指す気持ちが一つなら、そこから学ぶこと、学ばせてもらうことは大きいと思っています。今年もみんなで前を向いて一歩ずつでも歩んでいきたいものです。今年も何卒よろしくお願い申し上げます。


投稿者: koutyou 投稿日時: 2008-08-15 17:48:37 (218 ヒット)

日本人の生活様式が、「欧米化!」そして「機械化」することによって、人と人との距離は徐々に離れているのですが、そのような実感をもたれる方は少ないかもしれません。生活空間が個室化してきたことや、離れていても瞬時に声が聞こえる、映像が見られる、メールが交換できる便利さによって、直接会って目と目を合わせて話をするチャンスは少なくなっていくのでしょうか。家の中や職場内でさえもメールで情報交換することも多々あるようです。そんな環境で育つうちに人と人の間に機械が存在するのは当り前の感覚になり、人と人ではなく、人とものが対峙しているような錯覚さえ持つことがあるのです。目の前のできごとが、スクリーンやテレビ・ゲーム画面を見ているような若者の目に遭遇することがあります。講義に出席しているほんの一部の学生ですが、悪びれることなく、お茶を飲んだり、時に食べ物を口に運んだり、私語や居眠りをしているかと思うと、お茶のせいかトイレに立つ姿は、まるで映画館。私は画面ではありませんと言いたい気分になりますが、ここ数年急に目立つようになりました。どんな家庭で育ったのだろうと、研究者もどきの好奇心が沸いてきます。
家庭では、家族同士の距離を縮め、相手の気配や空気を読みながら距離感を調節できる生活体験が必要だと思っています。もともと日本文化は畳の上にちゃぶ台やこたつの文化でした。これは1.2m以内の人がふれあいやすい個人距離です。しかし、現代はテーブルやソファの距離。あえて言うなら、改まった社会的・応接の距離です。座布団を寄せ合う距離、炬燵で足がぶつかる距離よりも遠くなっています。まして、広すぎるリビングルームに大型テレビとなれば、家族の距離は広がり、ホームシアターと化せば、家族は観客と化します。それでも一緒ならまで良いのですが。人と人の間に物や空間で隔たりをつくりすぎず、肌のぬくもりや、互いの気配がわかるような家庭生活を子どもが小さい時にはとくに心がけたいものです。
富山県は住まいの広さが全国トップレベルと喜んでばかりもいられません。かつての日本家屋のふすまや障子でしたら人の気配は感じられるもの、高気密高断熱、個室化、プライバシー保護を強調するうちに家族の距離が遠くならないようにしたいものです。
3年前に卒論学生が、住まいに「和」の文化をどれほど取り入れたいか調査をしましたが、年代差はあるものの洋室指向が76%、和室指向は10%でした。日本的だと思うもので、生活に取り入れたいものには、コタツや縁側、うちわや風鈴があったのは、少し救いでした。そう言えば、子どもの頃、夏に昼寝をしていると、近くからゆっくりあおいでもらったうちわの風は、確かにエアコンとは違う母のにおいや元気に育ってねという母の想いも流れ込んで来ていたのかもしれません。人と人、人と自然が近づく「和」のくらしの良さも忘れたくないものです。

夏休みは、ひととひと、ひとと自然の距離が一層近くなったことと思います。


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